「おばさん」
絵本作家・かべやふよう



第2回 「あのときの雨」

大泉編集長が「まだ大丈夫」と言ってくれたので、1回ぽっきりの女にならず、こうして第2回目のホームページ連載にも参加しています。

その日、出掛ける前から雨が降り出しそうだったにもかかわらず、傘を持たずに家を出ました。打ち合わせを済ませ、新宿まで戻ってくると、ぽつぽつと雨が降り始めました。
バスで帰ることに決めて、窓側に座り、何となく外を見ていると、自分が東京へ来たばかりの頃を思い出しました。

そのときはまだとても元気だった祖父が、

「いいか、東京には悪いヤツらがいっぱいおるで、歩いとってパッと
なんか出されても、手を出すじゃあないぞ、金、取られるで」

と何度も何度も私に暗示をかけるように、言っていました。

ちなみに私が上京してきたのは27歳のときです。
なぜそんな中途半端な年齢かというと、短大卒業後に勤めていた地元の会社が、バブル以後経営不振になり、従業員はみーんなリストラされてしまったからです。
そういうことが自分の身にも起きるとは思ってもいなかったな、あの頃は。アハハッ。

さて自分の降りるバス停が近づくにつれ、雨は激しくなり、家に着くまでにはかなり濡れてしまうと覚悟をして、バスを降りました。
信号が変わるのを、イライラと待っていると、
「少しだけだけど」
と言いながら傘を差し出してくれた人がいました。
同じバスに乗り合わせた上品なオバサマでした。

「すぐ、そこだから」と遠慮すると、
「でも、どうせ私も信号を渡るんだし」
と静かに並んで歩き出してくれたのです。

角を2つ曲がったところで、
「私、こっちなんです。どうもありがとうございました」と頭を下げると、「気を付けて」と普通に笑い、軽く傘を振って、
やがて見えなくなりました。



私は、自分が東京へ来てから、頑張ってやってきたと思っていたのは、それは単なる思い込みで、あまり思いやりのある人間には、なっていないことが、そのとき少し判ったのでした。

まだまだ遠いなー、私。



第1回 「眠りの居間では...」
第2回 「あのときの雨」
第3回 「ある日、英会話学校で」
第4回 「2002年・私の重大ニュース」

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